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2008年10月の投稿

2008年10月30日 (木)

秋の気配無し大原の里

Dc103006_3 10月29日 三千院参道のお店は観光客を迎える準備に追われている。

三千院の苔生した石垣と呂川に挟まれた細い参道は静寂そのもの心洗われる心境だ。

今日は大原バス停~三千院~音無ノ滝~大尾山(681m)~小野山~仰木峠~大原 バス停 約9キロの奥比叡の山歩きを楽しんできた。

もっとも三千院から15分の音無ノ滝までは観光客も足を伸ばすのだろう、歩きやすい道が整備されていた。

しかし其処から先の谷川沿いの登山道は大雨により崩れ去ったか?鮮明な踏み跡も無くかなり荒れており倒木や流木が長い間放置されている途切れがちの細道を渡渉5回の沢を上ることになった。

殆ど目印のリボンも無く谷筋と沢の石に人の歩いた痕跡を慎重に観察しながら、ほぼ呂川の源流に近い所で杉林の尾根に取り付いた。

急登もやがて明るい支尾根に届き少し東へ行った所が大尾山の頂上であった。

Dc103019 東の展望が開け眼下に琵琶湖大橋が見え京都と滋賀に横たわる比叡の大きな山塊の北の外れのようだ。

仰木峠へは県境に沿った尾根歩きで常に左手に琵琶湖の見慣れた風景がお供をしてくれるが、さすがに湖に向け吹き下ろす風は強く冷たい。

これが比叡颪か?体が冷え、たまりかねベストを着込む。

尾根筋から小野山への登りは杉林を行く事になるが、これが結構大変だ。

目印も殆ど無く、踏み跡の視認がきわめて困難、感覚的に正しいと思った処を行き、かすかなリボンの痕跡を見つけた時の喜びもしばしば経験し、今回の小野山の木にぶら下った小さな表示板を見つけたときもそうだった。

仰木峠への下りは低木の自然林の中に踏み跡が明確に見えるが、何時から無踏状態か知る由も無いが蜘蛛の巣を払い払いの何時もながらのストック君の出番となる。

 

Dc103026_2  下りの長い自然道は山からの湧き水で路面は濡れ、猪の掘り返した跡が生々しい。

やがて前方が明るく開け、害獣除けの牧柵を開閉したらのどかな大原の里が見えてきた。

三千院は大勢の観光客で賑わい参道に軒を並べるお店の漬物試食の掛け声が賑々しい。

他人事ながら晩秋の紅葉を狙って来れば良さそうなものをと余計な事を考えて仕舞う。

 

紅葉本番の大原の里は12月初め頃か? 里も山も秋の気配全く無しではあったが一味も二味も違った面白い山旅であった。

山の自然に触れ、無我の境地で自然体になれる、何と無く贅沢に思う自分が嬉しい。

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2008年10月23日 (木)

おかげさんで美味い蕎麦が食えた

Dc102202 10月22日 さすがに“手打そば処“を看板に掲げるだけあって久し振りに美味い美味いを口にしながらそばが食えた。

加茂駅前のそば専門店、火盗改の長谷川平蔵ならぬ美味探訪改の我らのサイクリングリーダT氏推奨のお店の開店時間に合わせ彼の後を懸命にペダルを漕ぐ枯葉模様の男2人。

途中から雨模様、曇天の空を仰ぎながらも、夕刻までは大丈夫との天気予報を信じひたすら走る。

待つこと暫し、お店の引き戸が開き店内に誘導される。

夫々お好みのそばをオーダ、俺は“とろろそば“で決まりだ。

上手く表現出来ないが、だし汁ととろろがでしゃばることなくそばの味を引き出してる感じと言えばよいのか? おかげさんで実に美味いそばを食わしてもらった。

先日のトラブルで “骨折り損のくたびれ大損“ をしたあの方も仲間達と和気あいあい美味い美味いと口に出来ただろうに残念だ。

 

帰路途中から本格的な雨、ええ加減な天気予報への恨み節。

先は長い・・・諦めが肝心、ひょっとしたら先日の厄落しの涙雨か?、何と無く気分も晴れようと言うもの・・・・友と別れ遠回りの道をしっぽり濡れながら一人ポタリング気分でペダルを漕ぐ。

骨折り損のくたびれ損をした巨人好み方よ!! 残念ながら、昨夜の日本シリーズ第一戦 巨人が敗れ1:1のタイ、後5戦先は長い、勝敗に一喜一憂するも良いが、早く美味いそばにありつけるよう治療に専念して欲しいものよ。

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2008年10月21日 (火)

昨日は厄日の日か?

俺の天敵?いや良きライバルの巨人ファンのあの方が自転車トラブルで左手首を骨折し救急車にお世話になる羽目になった。

昨日、6人のサイクリング仲間と奈良町辺りで楽しく昼食会と勇躍出かけたが、奈良平城京跡を目前にして狭い上りの道路を走行中、前方の車が急に止まり運悪く深い側溝に横転、骨折、幸いご主人も一緒に走っており彼女に付き添い救急車の車中の人となる。

俺も過去3回、我が身の鈍なハンドル操作で肋骨亀裂骨折2回、前歯2本陥没で病院にご厄介になった苦い経験も今ではサイクラーとしての勲章であったと思っている。

数少ない貴重なメンバー、これに懲りず傷が完治したらまた一緒に走ろう。

 

話は変わって、我が岡田阪神、昨夜の対中日戦に破れ今シーズン3位で全て終了。

もし勝っておれば憎き巨人と日本一を争うはずであったが・・・・・。

投手戦の息詰まる戦いも中日9回表の攻撃、阪神藤川登板の必勝パターンも4番ウッズの2ランであっ気無く点を取られる。

なんで直球勝負にこだわるんじゃ~!! フォークを投げんのじゃ~!!

戦いも貧打の阪神打線、勝負はここまで。

岡田監督もここで阪神を去る事になるが、戦い終わった昨夜のコメントに ”打たれたのが、お前でよかった” と藤川球児に言ったと新聞報道を読み、昨夜、球児がホームランを打たれ敗戦を覚悟した時、俺も全く同じ事を考えていた。

これで今年は何の後腐れも無く、俺の阪神タイガースの幕が下りたと、意外に冷静にさっぱりとした気分でいられるのは有り難い。

願わくば日本シリーズ 巨人ー中日 戦 巨人が日本一に輝き、我が左手首骨折のライバルさんの気が少しでも晴れればと祈ってる次第だ。

昨日は身近な二つの悪夢、トラブル、厄日だったようだ。 

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2008年10月19日 (日)

後期ならぬ古希高齢者に進級

Dc101909 地域校区の敬老会が執り行われ、満年齢70歳を3ヶ月程前倒しでご招待状を頂き祝賀会に出席してきた。

数え歳でカウントするらしくチョッピリ損をした気分だが100歳を越えられた方も混じる先輩諸氏の中に混じると何と無く小学一年生の入学気分か?異次元の人間世界に踏み込んだ気分だ。

正直、他人事ではないが、ご老人が100名近くも一同に集まると、この先の俺の人生階段の一段一段の姿が何と無く見えてくるような不思議な感覚に陥る。

 

今日はとりわけ“わらじ医者“こと早川一光氏(幸・総合人間研究所)の講演『題目:いきいき生きる』を拝聴できるのを楽しみにして来た。

住民参加型の地域医療を推進し、特に老人の心のケアに重きを置いた医療を展開されている西陣の名物医者さんだ。

特に印象に残ったのは、”おかげさんで”、”一人になるのは良いが、一人になるな” 晩節の老人として感謝の気持ちを持ち、心のかようお互い支えあう地域社会を作っていくのが我々老人に課せられた役割だよと面白可笑しく話されていたことだ。

 

新聞紙面に踊る後期高齢者の文言が身近に感じる雰囲気を一時味わったが、さて明日は全てを忘れサイクリング仲間と奈良町辺りで楽しい昼食ランチに舌鼓をうっている事だろう。

若年寄りは中途半端の難しい年頃だ。

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2008年10月18日 (土)

貴船山から夜泣峠散策

Dc101704 10月17日 ここは京都の奥座敷、貴船川沿いの川魚料理の川床もシーズンオフで撤去され観光客の姿も無くひっそりとし静寂を取り戻している。

叡電貴船口を降り貴船川を貴船神社、奥宮へと一人ポタポタと歩を進める。

ご当地北山も平安の昔からの数多くの歴史や伝承に彩られ山歩きの楽しさが倍加される心地だ。

奥宮を過ぎるとやがて林道に入り滝谷峠への登りは谷筋の所々ロープが張られた結構な上りだ。

チョロチョロと谷を下る水音、やけに大きく聞える自分の靴音と荒い呼吸音、静寂の中にあって、何時もの事ながら“何でこんな所俺は歩いてんや?他にやる事ないんか?“ついつい最近悩をかすめる自問が湧き出してくる。

 

好天に恵まれ、時間的制約の無い雑事が無ければ、自然の中へと体が要求し素直に従う、今日も早朝目覚めの効用での予定外の行動だった。

Dc101723 京都、滋賀と近郊の低山とはいえメジャーな山では味わえない楽しさが有る。

其処には歴史が隠された古道であり、親切な標識にも恵まれず、余り踏まれてない道をコンパスを頼りに行く小さな冒険心をくすぶる楽しさを兼ね備えた都会の裏山だからかもしれない。

滝谷峠から貴船山(699.8m)~夜泣峠経由叡電二ノ瀬駅北山の手入れのとどいた杉・檜と自然林、実に気分爽快だ。

やっぱり山歩きは飽きる事も無い元気を呉れるお米のような存在だ。

汚染米を食わぬよう、食わされないよう目配り・気配り怠り無くいきたいものよ。

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2008年10月10日 (金)

悲喜こもごもの世間

大ファンの緒形拳さんの訃報に驚き悲しみ、ノーベル賞の栄冠に輝く4人の日本人に驚嘆し、経済沈降に年金生活の先行きに不安を感じ、我が阪神タイガースの首位陥落に呆れしらけの納得面・・・・・悲喜こもごもこの先世の中どないになるのか?

そんな境地のなか晴天に誘われ鬱憤を晴らしに比叡山山歩に出かけた。 

 

  Dc101004_5 

叡山電鉄修学院駅下車、正面に比叡山が迫る。

今日のコースは雲母坂~比叡山根本中堂~明王院~JR湖西線比叡山坂本駅 約12キロだ。

(写真;修学院から見た比叡山)

Dc101038

雲母坂(きららさか)口からの登りは、平安京からの勅使や比叡の荒法師が京へ繰り出す歴史的な古道でかなりの急勾配と雨で深くえぐられた細い道が延々と続き結構厳しい。

人一人っ子出合うことも無かった静かな山旅もケーブル比叡駅では観光客が姿を見せ何と無く人恋しい安心の境地になる。

(写真;比叡山鉄道延暦寺駅前より琵琶湖大橋方面の展望)

延暦寺根本中堂辺りは観光客で賑わいを見せてたが延暦寺駅を過ぎると行き交う人の姿は無い。

ここはまさに歴史の足跡を残す霊峰、山の霊気を一身に浴びながら何と無くご利益を頂けそうな感じになる。

Dc101042 坂本の町外れ迄半分くらい下りて来たか? 紀貫之の墓所を示す石碑が立っていた。

平安時代の歌人で随筆家?で高校時代古文で習った“土佐日紀“の“男もすなる日記というものを、女も・・・・“ 土佐から京への紀行を女として書き綴った、あの書き出し文が今も記憶の片隅に有り、暫しここで立ち止まり墓所を覗くかどうか迷った。

コマ地図でこの急勾配の山道を何処まで登れば目的地に着くのか皆目見当が付かず暫し逡巡する。

好奇心には勝てず九十九折れの余り踏まれてない細道を何とか頂上に辿り着いた。

其処には紀貫之の墓がただ一基、谷向かいに比叡山が目前に迫り、東には琵琶湖が静に広がっている。

比叡山をこよなく愛し琵琶湖の素晴らしい眺望に魅せられていた貫之だったようでこの山の頂に葬られたと伝えられているようだ。

こんな淋しい山の中にどうして墓が有るのか?苦しい登りの中で恨めしくも疑問に感じていたが一応納得ということにした。

説明書きよれば872年生まれで74歳没、大昔の人だから大往生で逝ったと思うが、74歳没を読み緒形拳さん72歳没に思いをはせる、、お二人に失礼を省みず言わせて貰えば、この俺も70歳突入間近、遅まきながら“自分の生き様“など頭の隅に持ちながらこれから先の人生を歩まなければならないのか? 複雑な心境に立たされた貫之さんの墓前であった。

それにしても自然豊かな大きな山塊、歴史散歩にうってつけの山だ。

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2008年10月 8日 (水)

お預けの“エジプト古代ビール“

10月7日 サイクリング仲間7人、約20㌔先 京の酒処・伏見の酒蔵食堂へ向け、のんびりとペダルを漕ぐ。

此処へは年に2,3度か? 軽い運動を兼ね、飯を食いながら取り留めのない会話を交わし互いに元気を与え・貰いあう楽しい一時ではあるが、とりわけ今回の俺の狙いは、お馴染みのカッパの黄桜酒造の古代ビールを賞味したいとの下心があった。

 

あのエジプト考古学の権威・早稲田大学の吉村作治教授が壁画を元に分析、古代エジプトビールの再現に尽力、京都大学の植物遺伝学及び黄桜酒造との共同開発により、現在3種類のビールが限定販売となっているようだ。

以前オーダミスで飲み損ね、今日こそはと張り切って行ったが、さすがに京の観光スポット、観光客で我々7人の収容スペースは確保出来ず近くの別の酒造会社の酒蔵食堂での会食と相成った次第。

楽しみがまた先に引き伸ばされた・・・・・元気が先延ばしと考えれば結構な話じゃ~ないか? 

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2008年10月 3日 (金)

悩み多い年頃

ここ暫く不順な天気で家に籠り、日がな一日読書とそれに飽きたら庭いじりやインターネットで“男が作れる超簡単料理“を検索、食べたい素材を求めスーパーを覗きレシピ通りの作業で一味違う晩酌を楽しむ、そんな日が幾日も過ぎて行った。

 

Dc100304 昨日は久し振りの全国総◎の好天、早朝の目覚めをこれ幸いと予て計画してたポンポン山山歩に忙しく準備し出かけた。

JR向日駅からバスで吉峯寺で降り東海自然歩道をポンポン山へ、道標も整備され踏み込まれた自然林で出会う人もまばらで実に気持ち良い山策だ。

頂上は四方の展望が開け比叡、京都市街、木津川、愛宕山、高槻、茨木と低山にしては

なかなかの見応えだ。

下山は東海自然歩道をそのまま下り本山寺、神峰山寺に立ち寄りながら原立石バス停からJR高槻駅へと、13キロ、5時間コースで何時か我がお年寄り仲間にも紹介したいと思ったものだ。

 

最近、どのように表現したらいいのか?良く判らないが定年後10年、山に登り、海に潜り、ロードバイクで走り、木を彫り・・・やりたいと思った事をそれなりにやり、気力・体力・勇気をと士気を鼓舞しながらそれなりに充実した日々を送ってきたと思えるが古希を目前に

いよいよジャンプの時が来たと意気込んでいたが・・・・・???・・・何処に向けて、何を目標にジャンプしたら良いのか?・・・・・日々好きな事をしてそれなりに充実した一日であったと心が満足すればそれで良いのか?・・・・迷う日々である。

真の生きがいを何処に求めるのか? やがて体力が落ち体の自由が奪われていく必然を目前に控え遅まきながら準備を急がなくてはと思うがどうも頭の整理が出来ない。

悩ましい年頃と言うか、早くこのモヤモヤから脱却したいと思うも右往左往出口が見つからない。

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